ひとりごと
深夜に台本読んであれこれ考える
物語の世界に入って物を考えてる時が一番自分らしい時間なんだなぁと思う
物語の世界であれしようこれしようと空想を膨らませていると数時間があっという間に経つ
ただ
台本を閉じると、一気に現実がやって来て、ふと自分自身を振り返って凹む事が増えて来たように思う
元々自分が聖人だとも出来た人間だとも全く思えない、それどころか本当に人付き合いも友達作りも下手くそ過ぎて呆れて疲れてしまう
自分は典型的な『一人が好きな寂しがり屋』でめちゃめちゃ面倒くさい性格をしていると思う
変えたいと思って努力もしたがそもそもの性質はなかなか変えれず、変えれない意思の弱さにも辟易する事が多々ある
精神衛生的には本当はSNSとか配信とかと言う不特定多数の流れに乗って自分を発信する事もあまりしない方が良いタイプなのは分かる
ただそこは表現者としての必要性と、告知の時だけ急に動かすみたいな都合の良い奴らと思われたくないという個人的なこだわりが自分を動かしている部分はある(あくまで個人的な考え)
別に人が宣伝や告知をしてくれるわけじゃないから自分の宣伝やセルフプロデュースは自分でしなきゃ!と指導している人間が何もしてないと戸惑うだろうとも思うから
ただちょっと疲れて来ているので開く頻度は下げようかな~と思っているのが正直なところ
宣伝すること、告知することは有難いことに沢山あって、日々アンテナ張って何かを思い、表現していく事は辞めないつもりだけどね
『いつも配信してくれてありがとう』『いつも楽しく読んでます』
というお言葉を頂けて生きてて良いんだと自分の存在意義を確認させて頂く事ばかりです
コンプレックスの固まりで、いつまで経っても自分に自信が持てない人間なので、SNSでそんなお言葉を頂く事で次も頑張ろう今日も頑張ろうずっと頑張ろうと思う弱い人間なんですね
ただ悲観ばかりではありません
弱い人間だからこそ描ける物や発想出来る物もあるんだと気づけました
弱者の視点から弱者がもがき階段を上がろうとする姿は描けるイメージが出来始めて来たように思います
上手く行かないからこそ人生は面白い
と良く言いますが
上手く行かない人を眺める事は面白い
上手く行かない人が上手く行く為に必死でもがく姿は美しい
結果上手く行かなかったとしても、また向かう姿は勇気が沸いてくる
上手く行かない弱者だからこそ描けるものがある
そう思ってこれからも頑張りたいと思います
毎日の様に配信したりSNSアップしたり、本当にうるさくしてしまい申し訳ありません
辟易して段々周りの反応が無くなっていってる状況はもちろん理解しておりますし反省もしております
ただ
お一人でも『観てます』『来ました』『頑張って』と言ってくださる方がいらっしゃるので
頑張ろうと思ってます
僕は、自分一人で頑張ってきたつもりは一切ありません、周りの方々に助けられ、支えられ、今の自分を作って頂きました
皆様が作ってくださった高倉良文という存在を少しでも皆様が喜んでくださるように自分でも頑張って育てて行かなきゃなーと思ってます
この歳になるともう少し大人になれてると思いましたが、まだまだダメダメですね
精進しなきゃだ
明日からは新たな現場で孤軍奮闘してきます、しっかり発信して一人でも興味を持って観に来て頂けるように頑張るのも表現者の仕事、頑張りたいと思います。
ひとりごとでした